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学名なんか恐くない!

学名って悩ましい

バイオ関連の翻訳をなさる皆様、「学名」にお悩みではないでしょうか。そのまま残すか、和名にするのか、アルファベットをカタカナに直すにしてもカタカナ読みが何パターンかあるんだけれどどれが正しいのか、そもそも書かれている学名、これって正しいの?調べてもこんなの出てこないんだけれど、とか、和名を学名にしようとしたらその生物を指す学名が3個ぐらい出てきたんだけれど…学名って1生物1つじゃなかったの?この場合どれ使ったらいいのよ?などなど、苦労は尽きないですよね。今回は、こういった悩みのうち、「学名はラテン語ベースである」ことから解決の糸口が見いだせるいくつかについて解説をしていきたいと思います。それでは始めましょう!

よくある悩み:アルファベットの学名をカタカナ表記に直すときどうしよう?

これは、アルファベットで書かれている学名をカタカナ表記に直すとき、直し方が何パターンかある、メジャーな生物ではないせいかカタカナ表記をしている文献が見つからずなにも参考にできない、といった場合が該当します。「学名はラテン語ベースである」ことが解決にどう役立つのかを解説するために、まずはラテン語の現状についてザックリとみていきましょう。

ラテン語とは

ラテン語というと、「ラテン語族とゲルマン語族」とかタイムスリップお風呂漫画の人が話していた言葉、などが思い浮かぶかと思いますが、つまりはタイムスリップしないと日常遣いしている人には会えないようなヨーロッパの言語である…要するにヨーロッパの死語、です。この死語は、もともとこの言語を日常で用いていたローマ帝国滅亡後も世界三大宗教の1つであるキリスト教の言語として教会内で使われ続けたため、また、ヨーロッパの学問の世界での共通言語として用いられたため、「ヨーロッパの知識階級の言葉」として日常遣いされないという意味では、死語であっても文語として命脈を保っていくのです。

ラテン語の現在の大体の立ち位置が「日常では死んでしまったが、知識階級の文章の中では生きている」であることを説明しましたが、これはつまり、「つづりは共有されているけれど、発音は共有されていない」ということを意味します。みんな文字を読み書きするだけですからね。どうしても発音しなくてはならないとしても話し相手に通じればよいのですから、同郷の人間でしたら故郷のつづりと発音の法則に則れば充分ですし、異郷のものとのやり取りにしても、相手の出身国、つまり相手の言語のつづりと発音の法則がわかればこういう「訛り」でくるだろうとの予測は付きますし、予測がつかなければそれこそ筆談すればよいのです。そのための学問界の共通言語ですから。このため、ラテン語をベースとしている学名にもこれと定義された発音は存在しません。

学名のカタカナ表記が生まれ、拡散した経緯

それではどのようにして日本の先人たちは学名をカタカナ表記してきたのでしょうか?最近は日本語の論文でも学名はアルファベット表記、のものが多いですが、それ以前は、例えば、日本の専門家が海外の専門家の話を聴講などして有益な情報とそれにまつわる生物の学名を持ち帰り、講義や論文作成の折に日本語に直していたと考えるのが自然でしょう。こうなると、「いつ、どこ出身の方から話を聞いたか?」によりカタカナ名は大きく異なってきます。例えば、Pseudomonasという属がありますが、これは英米人に発音させると「シュードモナス」、ドイツ人なら「プソイドモナス」となります。ドイツといえば医学、だった時代には「プソイドモナス」の方が多かったかもしれませんが、今は大方「シュードモナス」です。

既に作られているカタカナ表記の選定法

じゃあカタカナ表記をどう選べばいいのか?という問いに対しては「複数候補のどれを選んでもよいが、根拠はいつでも示せるようにしておけ」が回答となりましょうか。ここで根拠の見つけ方ですが、カタカナ表記を検索し、その名称を用いているサイトを確認するのが早いかと思います。サイトが大学や省庁、都道府県、個人ブログでもその方面の専門家の考察サイトであれば信憑性は高いと申せましょう。つまり「信用できる発信元が文書「■■」中で学名をこのように日本語に直していたのでそれを根拠とし、翻訳に使用しました。」という論法です。ちなみに、Google Scholarで日本語の論文をあたるという手段も試しましたが、こちらは「シュードモナス」で検索しても「Pseudomonas」の結果が出てしまい、

一瞬「Googleの優秀さが仇となった」とがっかりしかけましたが、日本語ページ検索すると日本語記事のみにできましたので、

最新150くらいまで確認しましたが、「シュードモナス」と記した日本語文献は5-6件のみでした。

今回は属名のみの検索を行い、2ページ目で1件出てきてくれましたが、種小名も付して検索をすると目当てのカタカナ表記は更に出てきづらくなることが予測されます。また、カタカナ表記が出てこない生物も存在します(和名が浸透している生物は特に。「スコームベル/スコムベル(Scomber):サバ属」など。これは英語読み由来の「スコンバー」でもだめでした。普通のGoogleで検索すると、税関のサイトの「スコムベル」がヒットします。)。早く確実に翻訳に使用しても問題のないカタカナ表記を見つけたいところですので、Google Scholarはこの用途には不向きと言えます。論文は信頼度が高いだけに残念です。

いくつかの方法を検討したところで結論ですが、複数の候補が存在する場合は、候補のカタカナ表記全てを検索し、信頼できる発信元が使用しているものを選び、もしどれも同等に信頼できる発信元が使用していたら他に出てくる学名と発音を揃えるなどして選ぶのがよいかと思います。

カタカナ表記がない場合は?

このように、専門の方々がカタカナ表記を開発してくださっている場合はここで終わるのですが、最近は、先にも少し触れましたが、学名の作られたそもそもの目的とその意義などを鑑みた結果でしょうか、カタカナ表記を作らず、日本語文中でもアルファベット表記で通す場合も多いです(Google Scholarでも確認できましたね!)。カタカナ表記が開発されていない以上、自分自身でカタカナ表記を作らなければならないわけですが、さて、どうしましょう。

ラテン語式発音を用いる理由

ここでも、学名のベースであるラテン語に助けてもらいましょう。現代の知識階級のためのラテン語ではなく、古代ローマで用いられた言語としてのラテン語に頼るわけです。つまりは「現代ヨーロッパの知識階級」から「冒頭に出てきたお風呂技師」に頼る対象が変わるわけです。実際のところ、学名の発音に関しては「西紀前50年頃の、ローマ市民の発音であったと推測される発音法、すなわち歴史的あるいは標準的発音法」(田中秀央、1952)を用いることが世界的に奨められている[1]そうなのですが、Escherichia coliが「イスカリキア・コーライ」になってしまう実情から考えるに、推奨に従っている方は世界的に見ても少ないようです。

それならば、ここで一度ヨーロッパ各国の読み方に従ってカタカナ表記を作るとどうなるか考えてみましょう。ヨーロッパ各国で古典であるラテン語を現在音読するときにどう発音しているかについてはもちろん各国に蓄積がありますが、国によって勿論差異が存在します。このため、ここに頼る場合、「なぜその国をチョイスしたか」問題と「その国であまり用いない文字の列に対しカタカナをあてるのが非常に難しい」問題が発生します。どの国をチョイスするかについては、世界語の発祥地アメリカやイギリスを頼れば無難にやり過ごせるだろうとつい考えたくなりますが、この場合、例えば、バージェス動物群の属「Aysheaia」は、英語圏ではあまり例のない母音が重なった属名のため発音が難しい、とスティーヴン・ジェイ・グールド氏が自身の著作に残しており[2]、実際この生物のカタカナ表記は確認できただけで3種類、つまり英語圏でも学派や出身地によって発音が相当に割れることが予測できますが(私はアユシェアイアですね)、この学名に対する万人に妥当であると考えて貰えるカタカナ表記を一から作成することは、「俺が決める。何しろ俺は権威だからな。」と言える立場の方でもない限り難しいでしょう。

また、アクセントや音節がわからない限り「Ampelopsis brevipedunculata」を英語経由で日本語に直すことは困難である、に類することを辻野匠氏は述べております[3]。別の方向からの解決手段として、該当する生物の専門家で英語圏出身の方に発音してもらい音源とその方が発音した証明とともに翻訳を提出するという手段もなくはありませんが、専門家との関係構築の段階で、一般的には難しいと考えるべきでしょう。このように、一番広く使われている英語に頼ってしまいますと初夏の高尾山ハイキングのつもりが気付いたら冬の富士登山9合目、のような仕打ちを受けてしまいます。他のヨーロッパ諸語については、選ぶ根拠という点でどうしても弱いと言わざるを得ません。こうしたことから、推奨されているわけですし、ラテン語の古典式発音に頼ってしまった方が納得していただける確率が高いのではないかと思われます。

ラテン語式発音からカタカナ表記をつくるには

古典語としてのラテン語の発音に関しては、「ラテン語 発音」などで検索するとつづりに対する発音を記したサイトがたくさん見つかります。大学のサイトや研究者の方々のサイトなど、信頼できるサイトを用いるとよいでしょう。

一例を挙げますと、このサイトは発音規則を丁寧に説明されております。
http://www.kanpira.com/iriomote_museum/scientific_name.htm

ここで注意すべきはラテン語が「古典式」と「教会式」に分かれていることです。「西紀前50年頃の、ローマ市民の発音であったと推測される発音法、すなわち歴史的あるいは標準的発音法」(田中秀央、1952)[1]が推奨されている関係上、分かる場合は「古典式」を用いたほうがよいでしょう。また、「すでに古典期からさまざまな発音があった」[4]とのことですので、頼る資料は一本に絞ってください。「この語とこの語のこの部分は同じつづりなのにカタカナ表記が違うのはなぜ?」なんて言われて困ってしまうかもしれませんからね。複数人で分担する場合は、始めに何に従ってカタカナ表記を作るか共有する、或いは誰か一人が作ったカタカナ表記を共有するとよいでしょう。また、こちらも聞かれたときに何に拠ったか根拠は示せるようにしておきましょう。

まとめ

いろいろと書いてきましたが、ここまでをまとめますと、

①学名が出てきた。まずアルファベット表記のまま検索。
②カタカナ表記が出てきた。→検索して裏とり。
③カタカナ表記が出てこない。→ラテン語学習サイト等の綴りと発音を参照してカタカナ表記を作成。

これで少なくとも「アルファベットの学名をカタカナ表記にする」ことは怖くなくなるのではないかと思います…そうなってくれたら嬉しいです。

サン・フレアでは専門的な翻訳を得意としている会社ですので、ぜひご相談いただければと思います。
また、翻訳者として当社にご協力いただける方がいらっしゃいましたら、当社コーポレートサイト「翻訳者・その他募集」よりご応募いただければ幸いです。ここまで閲読ありがとうございました。

関連ブログ

学名なんか怖くない! その2 - 和名を学名に直そう -

参照

[1] http://nouzyousoko.web.fc2.com/gakumei_sikumi/ratengo/ratengo.html
[2] ワンダフル・ライフ スティーヴン・ジェイ・グールド著 渡辺政隆訳 2000年発行 ハヤカワ文庫
[3] https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/2010_11_15.pdf
[4] https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/85087/gbkp_2020_o15_011.pdf

後記

因みに、過去にこの件に終止符を打とうとした方は勿論いらっしゃいまして、例えば1953年の日本植物分類学会会報3号に「ラテン語の実際的なカナ文字化(案)」という申し合わせ事項が掲載されたそうですが、現状従っている方は少ないようです。上記論文をネット上で読むことは私が試みた限りは不可能で、原本をあたるならば国立国会図書館に赴くことになりますが、発音部分に関し内容をまとめたサイトがありました。
http://nouzyousoko.web.fc2.com/gakumei_sikumi/ratengo/ratengo.html

また、面白い試みとして、「ラテン語-カタカナ変換プログラム」があります。下のブログの方が作成したプログラムで、ブログ末尾の「ラテン語-カタカナ変換プログラム」にアルファベットの学名を入れると古典ラテン語で、更に慣用的な発音に関しても作成者の定めたルールに従ったカタカナ表記が返ってきます。慣用的な発音に関する作成者ルールはブログ内に記載されています。
https://supersabotentime.com/12217/

もう1つ、バチカン市国の公用語は形式上ラテン語であり、また、バチカン放送ではラテン語による放送も行っておりますが、ラテン語がバチカンの文書以外の日常で使われているかというとそんなことはなく(部門によって、出身国が関係しているようですが、イタリア語だったりドイツ語だったりするようです)、また、ラジオ放送は週1であり、2019年当時の開始目的も「ラテン語愛好者を増やす」であり、さらに言ってしまえば当のバチカン放送のHPにラテン語のページはありませんので、ラテン語の「知識階級の間でのみ生きる語」からの脱却はなかなか難しいようです。

ラテン語放送開始時のロイター通信の記事
https://www.reuters.com/article/cnews-us-pope-latin-idJPKCN1TB02Q
ラジオは以下より
https://www.vaticannews.va/it/podcast/rvi-programmi/hebdomada-papae.html

この記事を書いた人

宇佐山

特許関連の翻訳の化学部門で、訳文のチェックを担当しています。
獣医師免許を持っていますが、
学位記を見るまで自分は農学士だと信じて疑いませんでした。

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